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畦地梅太郎 買取させていただきました

08 .05 .2022

鎌倉の骨董屋R antiquesです。

畦地梅太郎の版画、逗子在住のお客様から
買取りさせていただきました!

鮮やかな色彩におおらかなデフォルメ、
なんとも言えぬ愛嬌を兼ね備えたモダンな一枚。
そんなこの版画の作者、
畦地梅太郎という版画家をご存じでしょうか?

 

名前を聞いたことはなくても、
一度その特徴的な作品を見れば自然と心を捉えて離れません^^

最近ではモンベルのTシャツで見かけた方も多いのでは?

畦地梅太郎といえば山岳風景の木版画や
「山男」のシリーズが非常に有名で、
『山の版画家』として知られています。

 

 

畦地梅太郎は、1902年(明治35年)愛媛県北宇和郡二名村で誕生。
芸術の道を志し当初は油彩画家を目指していましたが、
家が貧しかったこともあり、
美術学校などへの進学はかないませんでした。

 

船員や石版印刷工として一旦は就職をし、愛媛県から上京。
内閣印刷局に入局をします。
この内閣印刷局への入局が、
畦地梅太郎の人生の大きな転機となったのです。

 

ものを生み出したいという想いは
どんな場所にあっても変わらずあったのでしょう、
仕事の空き時間に職場にある材料を使っては、
彼は鉛版画を作成し始めます。
これが版画家としての第一歩となりました。

1927年(大正16年)、日本創作版画協会第7会展に出品した作品が入選。
これを機に内閣印刷局を辞め、版画の道に進むこととなります。

彼の作品が独創的で、
でも気を衒うわけではなく
彼自身から滲み出てくるような
おおらかさ、豊かさを持っているのは
受動的にということではなく
自分から手を動かすことで試行錯誤し
道を歩んでいった彼のそんな経歴からも伝わります。

 

その後、平塚運一・恩地孝四郎・前川千帆らに師事し、
日本版画協会会員になり、その道を進んでいきます。

夏の軽井沢へ出かけた際に浅間山に魅せられてからは
制作された作品の多くは山岳風景を描いたものになりました。

その後日本は第二次世界大戦へと突入し、
畦地梅太郎は東北アジア文化振興会勤務のため満州へと渡り、
翌年には満州をテーマに作成された画集を発表したりしています。

そうして終戦後、制作し始めたのが、
のちに畦地梅太郎の代表作シリーズとなる「山男」を題材にした作品です。
第2回サンパウロ・ビエンナーレや第4回ルガノ国際版画ビエンナーレでは、
日本代表として作品を出品したことも。

名実ともに日本を代表する版画家へとなっていった畦地梅太郎の5点の作品は、
宮内庁にも買い上げられました。

そうして2000年へと移り変わる1999年、
肺炎のため96歳で逝去されました。

後に本人談として
「山男は私なんです。」と言っていることから、
各作品には作成された当時の畦地の心情が表現されており、
作品を通してその時々の思いが投影されているようです。

山に住む雷鳥をそっと山男が抱えているモチーフも
本当に愛が溢れていて、たまりません^^

 

それが顕著に現れているのか、
1970年代頃からの山男シリーズで数多く描かれているテーマが「家族」

この頃の作品はどことなく優しい表情の寄り添いあうような山男が散見され、
畦地梅太郎の家族への愛情を感じることができます。

 

 

そうした彼の木版画は
まるで昔の絵本を覗くように
絵の前に立つ私達の中にある
あったかい、懐かしい気持ちを
呼び起こしてくれるようです。

 

 

 

R antiques では
畦地梅太郎の作品、買取りいたします。

鎌倉、逗子、葉山、藤沢、辻堂、茅ヶ崎、平塚、大磯、小田原などの地域の骨董品の買い取りも行っております。

何かございましたらお気軽にご相談ください。

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